私に良いこと☆

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【猫との暮らし】猫が逝った日「死」について思うこと

昨年末のこと。

猫が旅立ちました。

それだけではなく、夫がコロナにかかったり、いろいろなことが同時に起きていて、あたまがフリーズしてブログにも記していませんでした。

パソコンを買い換えて画像を整理していたら、先月ことがつぎつぎとよみがえってきました。また、フリーズしてしまいそうですが、頭の整理に書き記したいと思います。

さぎ来たりて・・・

昨年12月の画像からです。

昼間、このお方がやってきました。

まったく逃げようとせずじっとみてます。

金魚連れ去る

大きいなあ、すごいなあ。

と感心しながらも、庭に出て追い払おうと思った瞬間!

金魚を一匹もっていかれました。

ネットをはっていたのですが、隙間があったらしく、そこにくちばしを突っ込んだんです。

あわてて、追い払ったのですが、けっこう背が高くてびびりました。

しかし、まだ屋根にとまって、私をみおろしています。

「だめだよ、だめだからね!」と言ってみたものの・・

私が作業をしているのをみていて、はなれると、またおりてくるのです。

庭全体を優雅にあるきまわり、ご丁寧に家の脇をまわって玄関までチェックしてまた池に戻ってきます。

追い払うと、屋根にあがって・・・2時間ほどいたと思います。

見えないようにしようと、ネットの隙間をなくし、その上によしずをかぶせました。

すると、今度はよしずの上におりてきて、足踏みをしました。

まるで怒って地団駄を踏んでいるかのように・・・。

そうして飛び立ってゆきました。

さぎが来ているのは知っていましたが、こうして見たのは2度目、対峙したのははじめてです。

 

猫旅立つ

その夜、猫が旅立ちました。20歳でした。

金魚と猫が一度きに亡くなり、夫がひくほど大泣きし、落ち込んでいました。

保護活動をしていたので20匹ちかく看取っていて、ここ数年は毎年のように起こるのですが、なれることはありません。

むしろ落ち込みはひどくなるばかり。

まぶたがものすごくはれてしまうので、火葬場の方がいつも、私の顔にひいていているのを感じます。

「死」をどうとらえるか

「死」に関して、どうにも心の整理がつきにくく、年々落ち込みがひどくなってきているようで怖いです。

それでも、最近はヨガの哲学を学ぶようになって、なんとなく自分の問題がわかってきました。

それは「執着」というものが関係しているようです。

「対象とする もの を 強く 思う 時、人 はその 対象 に対しての執着 を 抱く。 その 執着 は 欲望を生む。 欲望 は 怒りを生む」
( バガヴァッド・ギーター 2 章 62 節) 

生でも死でも親でも子でも恋人でも・・・そのことに執着しすぎると、喜怒哀楽の感情がコントロールしにくくなります。

喜怒哀楽、というものは、どれも人が生きる上で大切な感情で、喜びも悲しみもひとたび湧き出ても、川の流れのように流れ去ってゆくものです。

しかし、執着をもちすぎると、その感情が度を越して暴走したり、脳裏に残ったりして人生によくない結果をもたらします。

私の場合、過去の体験から「死」に対しての執着を育ててきてしまったのかもしれません。

愛でさえも、それが度を越して執着となると、怒りを生みます。

思えば、20年前、猫たちを保護していたころは、慣れない猫がなかなかつかまってくれなかったので、(保護さえできたら幸せ。)と思っていました。

寒い中、食べられずやせ細っていたので、(暖かい場所でご飯を食べさせられたら、看取ることができたらそれで幸せ。)そんな風にも思っていました。

なのに、いざ保護できたら今度はほかの欲が出てきます。

病気になってほしくない、長生きしてほしい。

20歳になっても、まだ生きしてほしいと願い、「最期を看取れてよかった」なんてちっとも思えません。

最期にしてあげられたなかったことを悔み、自分に怒りさえ覚えます。

 

人によっては「~が死んだのは~のせいだ」と怒ったり、そのせいで、思いもよらぬ行動をしてしまうこともあるでしょう。そしてその思いが暴走すると、犯罪につながることもあります。

「怒り により妄想 が 生まれる。 妄想 は記憶 を 惑わし、 知性 が失われる。 知性 が 失われると、 その 人 は 破滅 に向かう」
( バガヴァッド・ギーター 2 章 63 節)

終わりに

ですので執着には気をつけなくちゃ、と思います。

「執着しすぎているのかな」と気づけること、悲しみもいつかは消え去るものだということを知っておくことが大切かと思います。

すこし遠くから自分をみつめられれば、落ちついた気分を取り戻すことができます。

そういう気づきが私にとってはすこし救いになったのでした。

お読みいただき、ありがとうございました。

 

参考)永井 由香. 生きるのが楽になる インドの古典ヨガ哲学